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アジャンターの愛すべきチョギダー達

 私が最初にインドを訪れた1980年代末から、留学を含めて何度となく訪問しています。遺跡を研究する目的で、同じ場所を何度も訪れることがあります。アジャンターはその中でも高い頻度で再訪する場所です。

 今回は、そのアジャンターでお世話になったチョギダーの人々とその仕事を紹介したいと思います。チョギダーとは遺跡の管理を任されている政府の役人で、現地で採用されることが多いようです。


図1.バス待ちのチョギダー

図2.働くポーター
 アジャンターは近くのTポイントと呼ばれるところから専用のバスでおおよそ4kmの山道を15分ほどかけて石窟へと向かいます。9時の開門に合わせるために8時半頃スタッフバスがでます。これには、レストランの従業員、ポーター、観光ガイドなど石窟で働く人々が乗り合わせます。このバスに間に合わせるために最も近くの町、ファルダプール村、もしくは石窟の名前の由来となったアジャンター村から、オートリクシャーやバスで集まります。このバスには残念ながら観光客は乗れません。(図1)全員がバスに乗るわけではなく、片道7ルピー(約20円)を節約しようとする人、健康のために運動を心がける人、早出の人は徒歩または自転車で石窟へと向かいます。

 アジャンターで働く人たちは、おおよそ4つの集団に分かれます。石窟の管理をする部署(administrative branch)、主に壁画の修復を担当する部署(chemical branch)、石窟の防犯や規律保持のための部署(security branch)、落石を防ぐ工事や歩道の拡幅整備を行う部署(maintenance branch)です。それぞれにおおよそ2つの階級(オフィサーとワーカー)があって、調査の合間に観察すると如実に上下関係がわかります。また部署相互の関係も微妙で、それぞれの仕事が縦割り担っていて自分の職分を超えないようにそれぞれが気を遣って調整しています。それぞれをアドミニストレイティブ,ケミカル、セキュリティー、ワーカーと呼んでいます。アドミニストレイティブの部署で働く人をチョギダーと呼びます。そういえば、公職ではありませんが、免許制になっているポーターと呼ばれる人たちいます。石窟をめぐるには、坂や階段が多いので、足腰の達者でない観光客向けに4人で担ぐ倚子を提供したり、大きな荷物を持ってあげたりします(図2)。

 またガイドと呼ばれる人も免許制で、観光客に石窟のガイド、主に壁画の説明をします。現地のガイドはインドの公用語である英語、ヒンディー語に加え現地の言語マラティー語でガイドします。日本語のガイドもいますが、最寄りの大都市であるオーランガバード、または日本人ツアー客の旅行全体のお世話をするデリーから来ます。ガイドの説明を漏れ聞いていると、現地のガイドの方がやはり細かく、詳しく説明しています。親しくなったガイドは、専門書を読んで現在の研究も概要はフォローしようと努力しているということでした(図3)。第1窟の前は、大変混雑しますが、この中からガイドを雇ってくれる人を見つけ出します(図4)。


図3.客待ちの観光ガイド(第1窟)

図4.第1窟前の観光客
 アジャンター石窟バス終点近くの通称チケット・オフィスでは、9時の開場に向けて前日のチケットの整理と、掃除が始まります。また担当する石窟の鍵を受け取ります。アジャンターはワゴーラー川のつくった馬蹄形の谷の外側に石窟が開窟されていますが、バス停は最も下流の第1窟の下にあります。観光客は第1窟から順番に26窟まで見ていくひとがおおいので、チョギダーは、第1窟の担当は早速石窟へと向かいますが、第26窟の担当は、9時の開門にもかかわらず、10時頃まで各石窟の前で休憩しながら向かいます。第26窟の調査の時には、この石窟の当番のチョギダーを探して、開門と同時に門の中へ入れてもらい、観光客が来るまでの間にできるだけ調査を進めていました。

 石窟の室外の掃除と、観光客の出入りを管理するのが、アドミニストレイティブの仕事です(図5,6,7)。石窟の入口ゲートとそれぞれの石窟に数人ずつ割り当てられますが、観光客の興味、一般的な学術的価値から石窟がおおよそ3つのランクに分けられています。壁画のよく残る第1,2,16,17窟が最上位の石窟です。次がストゥーパをまつる第9,10,19,26窟で、そのほかの石窟と続きます。


図5.石窟前の掃除(第7窟)

図6.
検札のチョギダー
(石窟への入口ゲート)

図7.石窟前での検札(第17窟)
 掃除が一段落すると食事です。ケミカルのワーカーは、朝バスより速く石窟へ出勤します。一仕事終え、9時の開門の頃、朝ご飯兼昼ご飯を食べます(図8)。観光客がこないうちに食事をしようというのはよく分かる気持ちです。チョギダーの人たちは、11時頃から2時頃にかけて、客の入り具合を見ながら交代で、何人かでまとまって、食事をします(図9)。その時,弁当で持ってきたチャパティ(インド風パン)、サブジ(カレー)を交換しながら食べます。調査の時には、何度も食事に誘われます。ホテルで作ってもらった弁当を持参するのですが、ホテルの弁当は人気がありません。やはり自家製のチャパティやサブジの方がおいしいのです。


図8.ケミカルワーカーの朝ご飯(第4窟)

図9.昼食後のチョギダー(第16窟前庭僧坊)
 ケミカルブランチの人たちは、深刻な問題を抱えるアジャンター石窟の保全に努めています。石窟内の掃除(図10)、石窟正面などの掃除(図11)に加えて、岩盤の割れ目からしみ出す水を防止するために化学薬品を用いて水を止めたり(図12)、壁画の劣化を防ぐための科学的な処理を行っています(図13)。



図10.石窟内の清掃(第12窟)

図11.
第19窟
ファサードの蜘蛛の巣取りの作業

図12.水漏れ防止の処置(第10窟)

図13.第17窟正面廊天井の壁画保護作業

図15.新しい水飲み場の設営工事

図14.ポーズを取るセキュリティー
 セキュリティーの人たちは全国からの公募のようです。地元の人はほとんどおらず,東北インド出身のモンゴロイド系の人も多く雇用されています。笛と帽子がトレードマークで、入口のセキュリティーは銃を持っています(図14)。
 ワーカーの人たちは、落石防止のための工事に始まり、観光客の利便性を図るための水飲み場の設置などの工事をしています(図15)。階段が多く工事器材が入らないので、石などはほとんど人力で運んでいます。

 5時半には閉門します。多くの人は早く石窟の鍵を閉めて、帰り支度をはじめます。5時過ぎると、各石窟それぞれの立地による違いが見えます。入口ゲートに近い第1窟、第2窟では、「もっと他に見る石窟があるから早くしないと、全部見られない」といって、早く石窟から追い出そうとします。入口から一番遠い第26窟では、「今帰らないとゲートが閉まる」とこちらも観光客を追い立てて、5時15分には鍵をかけて帰り始めます。そのほかの石窟は、暗黙の了解でそれぞれに鍵をかけて帰り始めます。5時半過ぎにでるスタッフバスを逃すと30分ほど待たなくてはならず、さらに観光客と一緒で大変混み合うので、これを避けるためだというのが主な理由のようです。閉門間近には、一日の仕事を終えて、しばし開放感を感じるのか、記念写真風の写真を撮るようにいわれることがあります。(図16,17,18)


図16.閉門間近のひとときに

図17.ケミカルのワーカー達(第2窟前庭)

図18.夕暮れのひととき
 最初は私が、観光客か、調査のための研究者なのか、わからなかったようですが、片言の英語とヒンディー語で意思の疏通がはかられるようになると、彼らの要求が如実に明らかになってきます。いくつかのパターンがありますが、特に多いのが次の4つのパターンです。

 1.家に誘う;お茶でも夕飯でも、とにかく家に誘い、その後夕飯ごちそうしただろうということで、友人のような扱いをしたがります。石窟で調査していても、こいつは俺の友達だから、と、観光客相手に自慢が始まります。

 2.外国製品をねだる;おまえの持っているそれは何だ、に始まって、自分の知らないものに対する興味、好奇心が旺盛です。最後には(最初からそうなのですが)、インドの通貨でいくらだ、今度持ってきてくれ、金は払う・・・・などと交渉が始まります。私の持ち物の中で一番人気は懐中電灯でした。調査用にかなり明るいものを持っていて、インド製の懐中電灯とは比べるべくもなく明るいのです。

 3.飴をほしがる:日本でいうキャンディ、飴のことをなぜかチョッコレイトと呼びます。持っていないと、こちらも寂しくなるようなとても悲しい顔をされるので、安い飴を買っておいて、配って歩きます。高価なカメラや懐中電灯は高嶺の花でも、飴ならばもらえるとばかりに、一度にいくつもほしがります。

 私は、あまり面倒ではなく、最も効果の大きいと考えられ、自分も楽しめるものとして、写真を撮ってそれをプレゼントとして、A4サイズの大判のコピーを渡すことにしました。彼らにとっては,私の次の調査まで1年近く、待たなくてはならないのですが、かなりのお金の掛かるものを無料でもらえる、さらに写真館で撮ったのではなく実際仕事をしている場で仕事中に撮った写真がもらえるということで、いい記念になるようです。私にとっては、調査を円滑に進めるための潤滑油の役割を十分に果たしてくれています。賄賂とはいいませんが、お互いに便宜を図るという暗黙の了解はあると思います。最近はもう5年目にもなるので、飽きられてきています。何か新しい方法を考えなくてはなりません。





 

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