ティカル北のアクロポリス保存プロジェクト
国際文化資源学研究センター教授
中村誠一
(2019/5/13)
すでにセンターの別のトピックスとして、ティカル国立公園周辺村落を対象として実施中のJICA委託・草の根技術協力事業「ティカル国立公園への観光回廊における人材育成と組織化支援プロジェクト」の活動報告が行われています。文化資源学の実践研究活動としての、グアテマラの文化資源を活用したこのコミュニティ住民の生活向上支援プロジェクトは、実はティカル遺跡本体における考古学による古代文明の調査研究活動から派生したプロジェクトです。ここでは、ティカル遺跡における考古学調査活動について紹介します(図1、写真1、2)。
1956年から69年まで、アメリカのペンシルバニア大学博物館のティカル・プロジェクトによって集中的な発掘調査対象地となったのが、遺跡中心部に位置する「北のアクロポリス」(図2、写真3)地区です。
ここでは、ペンシルバニア・ティカル・プロジェクト終了からすでに半世紀にわたって、露出された石造建造物群が放置されているため、その石材である石灰岩が風化・浸食され、その保存上の問題は深刻です(写真4)。国際交流基金の文化遺産保存専門家として2005年に現地へ派遣されこの問題を初めて提起してから、すでに10年以上が経ってしまいました(中村2007)。
ティカルは、メキシコ南部からホンジュラスの西部に広がるマヤ文明の数多くの古代都市を代表する世界遺産であり、複合遺産世界第一号としてユネスコに登録された巨大遺跡で、まさにマヤ文明の代名詞となっている遺跡と言っても過言ではありません。人里から遠く離れて存在する遺跡を取り囲む熱帯雨林を守りながらの発掘調査や修復保存には、通常の考古学調査では考えられない莫大な調査資金や特殊機材が必要となります。このため、国際交流基金からフィーザビリティ調査のため2005年に最初にティカルへ派遣されてから、外務省や現地日本大使館、JICA(国際協力機構)の支援を受けて、戦略的にその問題に対処するべく準備を重ね、これまで慎重に活動を行ってきました。
2010年にティカル国立公園を管轄するグアテマラ政府文化スポーツ省文化自然遺産副省高官の金沢大学訪問とティカル調査に関する意向確認書の署名に端を発し、2011年には金沢大学と文化スポーツ省文化自然遺産副省の間で交流協定が締結され、双方の高レベルの交流が始まりました。2012年には、日本政府の文化無償資金協力により2009年から準備してきた「ティカル国立公園文化遺産保存研究センター」の建設が完了し、現地政府へ引き渡されました。また、ティカル国立公園スタッフの金沢大学における研修(2013~2015、2018)や学生たちのティカル国立公園における世界遺産研修(2016)・海外インターンシッププログラム(2018)も行われており、双方向の交流、信頼醸成を図ってきました。この間、科研費による北のアクロポリスの発掘調査も実施し(JSPS KAKENHI Grant Number 26300026, 中村2016)、ユネスコ日本信託基金による保存・人材育成活動(2017~2018)も行われてきました。
こうした双方向の協働活動を基礎として、ティカル国立公園と金沢大学は、現在、合同調査チームを結成して、北のアクロポリスの保存問題に対処しています。具体的には、建造物5D-22の修復保存をティカル国立公園チームが担当し、建造物 5D-35の発掘調査や修復保存を金沢大学チームが担当して、相互に協力しながら活動を行っています。ティカル国立公園側実施責任者のエンリケ・モンテロソ氏は、マヤ考古学界でも1~2を争う修復専門家ですが、2014年に金沢大学で1ヵ月間JICA委託の課題別研修「地域資源としてのマヤ文明遺跡の保存と活用」を受けた経緯があり、気心のよく知れた専門家です。
北のアクロポリスの一番北にある建造物5D-22では、すでに足場が組まれ、浸食・風化された建造物の石材の石灰岩を新しい石材ブロックに取り換える作業が開始されています(写真 5)。
一方、建造物5D-35では、ユネスコ日本信託基金を使った2018年の事前発掘調査で、神殿残存部の壁や床に大きな亀裂が確認されました(写真6)。このため、土をかぶってマウンドとなっている未発掘の建造物基壇の中に大きな空洞=石室墓があるのではないかと推測されています。
北のアクロポリス正面では、1956年~69年までペンシルバニア大学博物館が発掘調査を行った際に、5D-32から5D-35まで並んだ4つの神殿のうち5D-34まで3つを発掘調査しましたが、そのすべてで王墓が確認されました。このため、この未発掘の建造物5D-35の中にも重要な王墓が眠っていると考えられています。それは誰なのでしょうか? 私は、北のアクロポリスに後の時代に追加されているようなこの建造物の配置や、その周りの建造物との位置関係から、ティカルを最盛期に導き1号神殿(5D-1)の中に埋葬された「ハサウ・チャン・カウィール」の父親が埋葬されているのではないか、と想定しています。この神殿残存部の修復保存作業とともに、この建造物の発掘調査での大きな発見に期待が膨らみます。
<引用文献>
中村誠一
2007「ティカルの発掘調査とマヤ文明の謎」『失われた文明マヤ』133~163頁(NHK出版)
2016「グアテマラ、ティカル遺跡における2015年度の発掘調査」『古代アメリカ』19、105~118頁。古代アメリカ学会。
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